SKINTEX ハンモックチェアの開発とその発展

・デザインしたこと

もともとは当時大学生だった代表の小林新也が2009年のミラノサローネサテリテに出展するためにデザイン・開発したチェア。理想のテキスタイルがなく、本来ならインナーに使われる東レ・オペロンテックスのスパンデックス(ライクラ)に出会い、その使い方をアレンジ、研究開発して座れて長く使えるチェアを実現した。

・ストーリー

2009 年に数台目の試作をミラノサローネサテリテに出展。その時は大阪芸術大学のブースで出展したが、大手から開発オファーが持ち上がり、さらに実用性のある椅子の開発に取り組んだ。その後、このテキスタイルとノウハウを用いたものを作り続け、2010年には瀬戸内国際芸術祭の大阪芸術大学の出展物をデザインするにいたった。東レの記事
その後、シーラカンス食堂設立後も研究が進み、2013年に5年越しに理想のデザインを作るにいたり、写真のように小林新也単独でミラノサローネサテリテに出展をした。当時25歳だった小林は金型からの製造、サローネ出展と生産者のリスクを自腹で経験し、そこからものづくりの大変さと大切さを学び、様々な伝統ある職人と関わるようになっていった。

・変化したこと(結果)

本来インナー素材として開発されたものが他の用途に使える可能性を作った。2013年のミラノサローネサテリテに出展してからはこのスキンテックスの活動はスローペースになっているが、2017年のIFFTに出展、同じ年の東レの内覧会、2018東レキャンギャル発表の際にこのチェアが活躍した。2018東レキャンギャル


 
 
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