播州そろばん(株式会社ダイイチ) / Banshu Abacus

・問題点、課題

生産者やそろばん関係者は、そろばんを計算機として考えており、教育道具という認識が薄かったです。ピーク時は年間360万丁の生産だったのが、現在は年間14万丁。この14万丁とはそろばん塾などの教育道具としての市場でした。その考えを整理できていないことが一つの大きな問題でした。そして、そろばんの珠、ひごなどすべて分業制で1社で完結してできないことが何よりも大きな問題でした。需要と供給のバランスと生産体制のアンバランスな関係が極めてそろばん作りを危険な状態にしていると感じました。

・デザインしたこと

大きな目標は分業をやめることです。分業ではなく、生産を集約化し、生産がなくならないようにすることです。しかし、簡単なことではなく、長い時間をかけていこうと考えました。すぐにできて、その方向性に向かう手段として、そろばん以外でそろばん玉やヒゴダケの生産量を増やす商品開発を行いました。さらにショップ兼ワークショップスペースとして「そろばんビレッジ」を立ち上げました。子どもたちは5色の上下板、中板、ツマを選び、11色の珠の色を自由に選び組み立て世界に1つだけのそろばんを持って帰ることができます。そろばんビレッジは国内外問わず強固な営業ツールにもなります。もう一つ大きなデザインは教育道具としての印象づけをしたことです。伝統工芸品という顔を持つため、展示会などではそのフィルターが大きく、計算機時代の印象が拭えず、的確なバイヤーに伝えにくい印象を持っていました。そこで、教育道具としての総合カタログをデザインしました。展示会ブースの印象もそろばんビレッジに合わせるなど、カラフルで現代の教育分野の人が持つ印象に合わせたのです。

・ストーリー

株式会社ダイイチは創業100年の歴史あるそろばん問屋ですが、需要が減る中、生産量を落とさないため、宮永社長(現会長)自らそろばんの珠を生かしたおもちゃやそろばんの枠に囚われない商品開発していました。宮永社長は代表小林と同級生の息子がおり、小林が小学生の時にお世話になった野球のコーチでもありました。2010年から大学を卒業したばかりの小林と、一人で長年頑張ってこられた宮永社長とが意気投合して播州そろばんの活動を開始。2013年7月にそろばんビレッジOPEN。国内外でワークショップをするなどの活動を行ってきました。現在も地元のパートナー企業として関係は続いています。

・変化したこと(結果)

そろばんを教育道具として再認識。今では「よみ、かき、そろばん」という日本をここまで成長させてきた、そろばんを教育文化ごと世界に発信していくように活動されています。2014年1月には宮永社長の息子二人が帰ってきて会社の後継者となりました。長男は社長へ、次男は職人の道へと歩んだのです。そして現在では問屋だったダイイチは、そろばんの製造を行っています。すでに数名の若い弟子も育ち始めています。


 
 
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